「うるせーだまらせろ」と言われた自分の感情を分析
2016年4月11日(月)再投稿
今日の出来事をアドラー心理学を混ぜながら分析。
私はアオキスーパーで泣きじゃくるこどもに対して「うるせーだまらせろ」と怒られた。
私はこの時とっても悲しかった。
ガチャガチャがやりたくて、それを目的として泣いている息子。アドラー的には、目的論
泣けばなんとかなると学習して知っています。
私はそれを、泣いても約束は守るに書き換えたかった。私がやりたかったのーーー。
うちを出る前に「今日はガチャガチャやらない」と約束してきたから。
約束を守るか泣き止ませるか葛藤している私に、おじさんのことばは、追い討ちとなる言葉で、とっても悲しかった。
そして、やり方がダメだったなとも感じていた。私はそんな葛藤のなかで買い物を続けていた。
適当にあやしながら。
今思えば、車に一度戻ればよかったと思う。そしてもう一度確認すればよかった。
「おうち出るときに今日はガチャガチャやらないお約束したんだけど、守れそうもないから約束通り帰ろうか?」
私はうちを出る前に約束を取り決めるなら、守れなかったときのことも話して了承を得ています。
それを面倒くさがった私。いかんかったわーと、これからの学びに。
はいそうです。失敗は学びです。
スーパーの話に戻ると、おじさんはきっと、いつも通り平穏にお買い物をしたかったんだろう。
その日常を奪われた失望だったかもしれないし、落胆だったかもしれない。なんて、一次感情を考えていたら、おじさんに対して怒りはなかった。
そのあと優しいおじさんのことばに泣いてしまったけど(笑)
そんな風にちょっと考えていたら、結局何事も私の受け取りかた次第だなってところに落ち着いた(笑)
そして、怒られたことを
息子に責任転嫁しなかった自分を誉めたい(笑)